お兄さんはうつむいたまま、何も言わずに黙り込んでいました。
それから、三十分ほどが過ぎたころのことです。
玄関のところで、誰かが服についた雪をパッパとはらう音が聞こえてきました。
「あっ、お父さんだ!」
秀吉はうれしそうに出迎えに行きました。
「お父さん、途中でペスに会わなかった?」
太郎が心配そうに尋ねました。
「いや、会わなかったよ。どうしてだい?」
お父さんは不思議そうな顔をしました。
「実は……お父さんを迎えに行くようにって、僕が無理やり外に出しちゃったんだ」
太郎はバツが悪そうに言い訳をしました。
「どの道を通ったかも分からないのに、一体どこへ行ってしまったんだろうねぇ……」
お父さんは少し困ったように考え込んでしまいました。
「ペス、もう帰ってこないかもしれない……」
急に悲しさがこみ上げてきて、秀吉は声を震わせました。
「そんなことはないさ。もう立派な大人の犬なんだから、きっと大丈夫だよ」
お父さんは優しく笑って言いました。
お父さんのその言葉を聞いて、秀吉は少しだけホッと安心しました。
それに、明日になればお母さんの風邪も治って起きられるとおっしゃっているし、また積もった雪の上でペスと一緒に元気に走り回って遊べるはずだ、そう思うと、だんだんワクワクとうれしい気持ちが戻ってきたのです。
けれど、お兄さんの太郎だけは、どうしてもペスのことが気になって仕方がない様子でした。何度も玄関に立ち、外に向かって「ヒュー、ヒュー」と口笛を吹いて呼びかけていました。
「こんな嵐の中、どこへ行くこともできないさ。もう寒いから、早くお休み」
お父さんはそう言うと、先に立ち上がって寝室へと向かいました。
続いて兄弟も自分たちの部屋に入り、布団に入りました。
弟の秀吉はすぐにスースーと眠りにつきましたが、お兄さんの太郎はなかなか眠ることができません。頭の中では、真っ暗な吹雪の中を、寒さに震えながら迷い歩いているペスの姿ばかりが浮かんできてしまうのでした。
真夜中ごろのことでした。
秀吉はふと目を覚ましました。そして、隣で眠るお兄さんを起こさないようにそっと布団から抜け出すと、外の犬小屋の様子を見に行ってみました。
しかし、犬小屋の中はぽっかりと空っぽのままでした。せっかく忘れかけていた悲しみが、また胸いっぱいに広がって、ぎゅーっと心を締めつけました。
しばらくの間、今にも泣き出しそうになるのを必死にこらえて立っていると、遠くの方から、ゴロゴロと重い石を転がすような、地響きを立てる海の鳴り響く音が不気味に聞こえてきました。
その夜の明け方のこと、ゴトンと、何かが雨戸にぶつかる音がしました。
「ペスが帰ってきたのかな!?」
お兄さんは、すぐにガバッと跳ね起きました。
実は二人ともちょうど目を覚まして、同じようにペスのことを考えていたのです。秀吉も胸を躍らせて、
「お兄さん、ペスだよね!?」
と尋ねました。
「……いや、ただの風の音だったみたいだ」
お兄さんはがっかりして、肩を落しながら、また力なく布団の中へと潜り込みました。
しばらくすると、
「夜が明けたら、すぐにペスを捜しに行こう」
お兄さんは、自分に言い聞かせるようにぽつりと言いました。
「うん、お兄さん。僕も一緒に行くよ!」
秀吉も力強く答えました。
このとき、お兄さんはお兄さんで、「なんてかわいそうなことをしてしまったんだろう」と心から後悔していました。そして弟は弟で、「自分がもっと強く止めていればよかったのに、自分の力が足りなかったせいで、取り返しのつかない大失敗をしてしまった」と、激しい後悔の念に胸を痛めていたのでした。
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