一億円の金塊のかくし場所をしるした暗号だから、二百万円ぐらいではゆずれないというのですか。
しかし、よく考えてごらんなさい。
あの暗号はあなたのおじいさんが書いたものですよ。
それからきょうまで、何十年という月日がたっています。
そんな長いあいだ、あなた方は、あの暗号文をとくことができなかったじゃありませんか。
たとえ、暗号の紙がぜんぶそろっていても、あなた方の知恵ではきゅうにとけるはずはありません。
とけない暗号なんか、だいじそうに持っていたって、なんにもならないじゃありませんか。
まして、今ではそれが半分になってしまったのですから、あなたにとっては、まったく、なんのねうちもないのです。
その紙くず同然のものを、わたしは二百万円で買おうというのです。
お売りなさい。
お売りになったほうが、あなたのためですよ。
」
賊が、あまりばかばかしい相談を持ちかけてきますので、宮瀬氏は少しおかしくなってきました。
こちらも、相手をからかってやりたいような、気持ちになってきました。
「ハハハ……、だめだめ、そんなねだんで売れるものか。
それよりも、きみのぬすんでいった半分を買いもどしたいくらいだ。
どうだね、きみのほうこそ、暗号文の半分をわしに売る気はないかね。
」
「フフフ、おいでなすったな。
よろしい。
売ってあげましょう。
そのかわり、わたしのほうのは少し高いですよ。
一千万円です。
一千万円がびた一文かけてもだめです。
どうです。
買う気がありますか。
フフフ……、買えますまい。
だいいち、あなたの家には一千万円なんてお金はありゃしない。
それよりも、悪いことはいわない。
わたしにお売りなさい。
二百万円でいやなら、三百万円出しましょう。
え、まだ安いというのですか。
じゃ、もうひとふんぱつしましょう。
五百万円だ。
さあ、五百万円で売りますか、売りませんか。賊はまるで、冗談のように、だんだんと値段をつり上げていきました。
「くだらない話はよししたまえ。
五百万円だろうと八百万円だろうと、わしが泥棒などと取引をするような人間に見えるのか。
それよりも、きみは捕まらないように用心するがいい。
わしも、たいせつな暗号を盗まれて、だまり fiscales(黙っている)つもりはないのだからね。」
宮瀬氏は、きっぱりと賊の申し出をはねつけました。
「フフン、それがあなたの最後の返せ事ですか。
せっかく親切にいってやっているのに、それじゃあなたは、元も子もなくしてしまいますよ。
売らないと言うなら買わぬまでです。
そのかわりに、今度は少し荒っぽいことをはじめるかもしれませんよ。
あなたこそ用心するがいい。
ぼくは、どんなことをしてでも、あなたの持っている暗号の半分を手に入れてみせますからね。」
「取れるものなら、取ってみるがいい。
わしのほうには、きみたち盗賊が鬼のように恐れている名探偵がついているのだからね。」
「フフン、名探偵ですって? 明智小五郎ですか。
相手にとって不足はありませんよ。
ひとつ明智探偵と知恵比べをやってみますかね。
じゃあ、せいぜいご用心なさいよ。
いまにどんなことが起こるか、そのときになって泣きっつらをしないようにね。
念のためにいっておきますがね。
電話を切ったあとで、交換局へぼくの住所をたずねても無駄ですよ。
ぼくは公衆電話で話しているのですからね。」
そして、ぷっつりと電話は切れてしまいました。
さあ、いよいよ戦いです。
泥棒がまだ何者かはわかりませんが、盗みを働いた家へ、図々しく電話をかけてくるほどのやつですから、相当肝の据わった悪漢に違いありません。
賊は宮瀬氏に「いまにどんなことが起こるか、そのときになって泣きっつらをしないように。」と、も自信ありげにいいましたが、いったい、どんな恐ろしい手口を考えているのでしょう。
賊は暗号の半分が、宮瀬氏の指輪の中にかくしてあることは、まだ、少しも気づいていないはずです。
では、どうしてそのありかを見つけだすつもりなのでしょう。
賊のほうには何か、暗号そのものを見つけだすよりも、もっと別のうまい手口があるのではないでしょうか。
賊が首尾よく目的を果たすか、名探偵・明智小五郎が勝利を得るか、いよいよ死にものぐるいの知恵比べが始まろうとしているのです。
(かえ玉少年)
「明智さん、だいじょうぶでしょうか。
わたしはあんな強気なことをいったものの、なんだか心配でしかたがありません。
あいつはずっと前から暗号をつけ狙っていたような様子です。
恐ろしく執念深いやつです。
このつぎには、いったいどんな企みをするかと思うと、気が気ではありません。
明智さん、何かうまいお考えはないでしょうか。」
宮瀬氏は、青ざめた顔で、名探偵の知恵にすがるように言いました。
「ぼくもいま、それを考えているのです。
あいつはもう一度、ここへやってくると思います。
この家へ近づかなくては、暗号の半分を手に入れることはできないのですからね。
われわれはそれを待っていればいいのです。
そして、逆にあいつの隠れ家をつきとめ、盗まれた暗号を取り戻せばいいのです。
しかし、あいつもしぶとい悪知恵の働くやつですから、たとえこの家へやってくるにしても、われわれの油断をついて、何か思いもよらないやり方で、不意打ちをするつもりに違いありません。
われわれは、それを防ぐことを考えなければなりません。
相手の手口に乗らないよう、用心しなければならないのです。」
明智はもじゃもじゃの頭に指をつっこみながら、しきりに考えていましたが、やがて何か思いついたように、にこにこしながら言いました。
「ああ、これは妙案だ。
宮瀬さん、ぼくはうまいことを思いつきましたよ。
これならばだいじょうぶ、相手に気づかれる心配はありません。
ちょっと電話を拝借します。
ぼくの助手の小林という少年を、ここへ呼びよせたいのです。」
宮瀬氏がぽかんと見つめているあいだに、明智はすでに卓上電話機をとって、明智探偵事務所を呼び出していました。
「ああ、きみ、小林君だね。
すぐここへ来てもらいたいんだ。
宮瀬さんのお宅、わかるね。
あ、それから、例の化粧箱を持ってきてくれたまえ。
自動車で、急いでね。
じゃあ、待っているよ。」
その電話が切れるのを待って、宮瀬氏は不思議そうにたずねました。
「明智さん、その妙案というのは、どんなことなんです。
わたしにも、聞かせてくださってもいいでしょう。」
「それは、こういうわけなのです。」
明智は相変わらずにこにこしながら、説明を始めました。「賊が何かたくらみをするために、もう一度ここへやってくるとすれば、それをふせがなければなりません。
いちばんいいのは、ぼくがお宅へとまりこんで、見はりをつとめることですが、それでは相手が用心をして近づかないかもしれません。
たとえ変装するにしても、家族がひとりふえたとなると、あんな悪がしこいやつですから、きっとあやしむにちがいありません。
それにしても、さいぜんあなたが、ぼくの名を賊におっしゃったのはまずかったですよ。
ぼくが、この事件に関係しているとわかっては、賊はいよいよ用心ぶかくなりますからね。
コメント