初級翻訳・怪奇四十面相 第2話

怪奇四十面相

」

明智は、それに答えて、
「ぼくも、そのことで、おたずねしたのです。
木下検事にたのまれてね。
念のために、裁判所の面会許可証も、用意してきました。
これをごらんください。
一度、ぼくを、四十面相に、あわせてくださいませんか。
ぼくが話をすれば、あるいは、あいつの秘密が、わかるかもしれません。」

この明智のことばを、所長は、待ちかねていたように、
「どうか、おねがいします。
わたしとしては、どんなことがあっても、あいつの脱獄をふせがねばなりません。
ひとつ、よい知恵を、お貸しください。」

そこで、所長は看守長をよんで、明智をひきあわせ、できるだけ、便宜をはかるように言いつけ、看守長は、さっそく、明智を、四十面相の独房へ、案内しました。
ふつうなれば、面会室へよびだして、話をするのですが、あいては魔術師のようなやつですから、独房から一歩でも、外へ出すのは、あぶないので、明智のほうから独房へはいって、話すことにしたのです。
独房のまえには、腰にピストルをつけた五人の看守が、いかめしく、番をしていました。
看守長はそのひとりに命じて、鍵で独房の扉を、ひらかせました。
明智は看守長にむかって、
「では、しばらく、あいつと、さしむかいで話したいとおもいますから、看守のかたたちを、すこし、はなれたところへ、遠ざけてくれませんか。」
「しょうちしました。
では、われわれは、廊下のむこうのほうで、おまちしていますから。」

看守長は、五人の看守といっしょに、独房のまえをはなれ、廊下のはじに、ひきさがります。
明智はひとりで、独房にはいり、中から扉をしめました。
いよいよ、四十面相と名探偵の、さしむかいです。
看守長は、もし、ふたりのあいだに、あらそいでもおこったら、かけつけるつもりで、耳をすましていましたが、独房の中からは、ひくい話しごえが、とだえがちに、もれてくるばかりでした。それから二十分ほどたったでしょうか。ふたたび扉が開いて、明智探偵がニコニコしながら廊下に姿をあらわしました。
「終わりました。どうか、鍵をかけてください」
五人の看守は独房の前の元の位置につき、中に四十面相がいることをたしかめたうえで、ひとりが扉に鍵をかけました。明智と看守長はそのまま所長室にもどり、明智は待ちかねていた所長のまえに腰をかけると、すぐに話しはじめました。
「四十面相が通信をする秘密はわかりました。弁護士が共犯者ですよ」
所長はおどろいて言いました。
「エッ、弁護士ですって? あれの弁護士は鈴木君です。わたしは鈴木君とは長年の親友ですが、けっしてそんな悪いことをする男じゃない。なにかのまちがいではありませんか」
「いや、弁護士が悪いのではありません。本人がすこしも知らない間に、四十面相の通信係をつとめていたのです。四十面相は、フランスの紳士盗賊、アルセーヌ・ルパンのまねをしたのですよ。弁護士だけは、いつでも自由に未決囚と面会することができるし、未決囚のほうから好きなときに弁護士を呼ぶこともできます。しかも弁護士にかぎって、立会人がつきません。ふたりきりで話ができるのです。四十面相はそれを利用したのですよ。鈴木弁護士は、いつもソフト帽をかぶってくるそうですね。そして独房の中で話をするときには、それを横の台の上にのせておくのです。四十面相は、弁護士がわき見をしているすきに、そのソフトの下に手をいれ、内側のビン皮のなかに、小さくたたんだ紙きれをいれておくのです。ごくうすい紙で、そこにこまかい字で手紙が書いてあるのです。弁護士はすこしも知らないで、そのソフトをかぶって事務所にかえります。すると、弁護士の書生として住みこんでいる四十面相の部下が、ソフトのビン皮のなかを調べて、手紙をとりだすという順序です。部下のほうから四十面相に通信するときも、同じやり方で弁護士のソフト帽がつかわれます。つまり、鈴木弁護士の帽子は、郵便配達のカバンの役をつとめていたわけですよ」
これを聞いた所長と看守長は、あいた口がふさがりませんでした。
「フーン、弁護士の帽子とは考えたな。よろしい、さっそくこのことを鈴木君に知らせます。そして書生に化けている部下をひっくくってしまいます。しかし明智さん、あなたはよくそこまでおわかりになりましたね。あいつが打ち明けたのですか」
「そうです。あいつの口から聞いたのです。四十面相とは長いあいだのつきあいですからね。あいつのやり口はたいてい分かっているのです。ぼくは『ルパンのまねじゃないか』と思ったので、『弁護士の帽子だね』と言ってやりました。するとあいつはニヤリと笑って、うなずいてみせたものですよ。悪人も四十面相ほどのやつになると、未練らしく隠し立てなんかしないものです」
明智が話しおわると、所長はていねいに頭をさげて言いました。
「ありがとう。おかげで、あいつの通信の道をたつことができます。ですが明智さん、脱獄のほうはだいじょうぶでしょうか。あいつには、われわれの思いもよらない牢やぶりの手があるのじゃないでしょうか」
「それはわかりませんね。ルパンも脱獄したことがあります。あいつはその手をつかうかもしれませんよ」
「それはどんな方法です。参考のために聞かせてください。なんとしても脱獄だけはふせがねばなりません」
「それではあとから、怪盗ルパンの伝記をお届けしましょう。その伝記のなかの『ルパンの脱獄』というのをお読みになればわかりますよ」
明智はそういって、なぜかニヤリとふしぎな笑みをうかべました。

小林少年

それからまもなく、明智探偵は所長と看守長の見送りを受けて拘置所を出ると、待たせてあった自動車にのりました。その自動車には、運転手のとなりに十四、五歳の少年助手がチョコンと腰かけています。茶色のセーターをきて、小さな鳥打帽をかぶり、顔はあぶらで黒くよごれていますが、なんとなくかわいらしい少年です。自動車は矢のように走っています。しかしふしぎなことに、明智探偵事務所とはまるでちがった方角です。日比谷から有楽町のほうにまがって、やがてとまったところは、世界劇場の楽屋口でした。明智探偵は車をおりると、まるでそこが自分の家ででもあるように、世界劇場の楽屋口へ入っていきます。すると、運転助手の、まっ黒な顔をした少年も、明智のあとを追って、チョコチョコと楽屋口に走りより、その中へ、すがたをけしました。

楽屋口をはいって、階段を二つのぼったところに「村上時雄」と書いた木札のかかった部屋があります。

明智がこの部屋のドアをあけると、中から、ひとりの俳優らしい青年が顔をだして、「おかえりなさい。」と、あいさつしました。

明智探偵が、劇場の楽屋へ来たのに、「おかえりなさい。」とは、なんだか、へんなあいさつではありませんか。

ところが、そのつぎには、もっと、ふしぎなことが、おこりました。

明智は「村上時雄」の部屋にはいると、正面においてある鏡のまえに、ドッカと、あぐらをかいたのです。

すると、さっきの青年が、うやうやしく、お茶をもってきます。

明智はそのお茶をすすりながら、
「やっと、まにあったね。ぼくの出まで、何分ある?」
とたずねます。

「あと十分です。」

「よし、服装はこのままでいいね。

コメント

タイトルとURLをコピーしました