おまえの子供が、なにも知らずに遊んでいるから……」
そう言って、見たこともない、白いひげをはやしたおじいさんが向こうの方を指さしたかと思うと、目が覚めたのです。
朝になると、お母さんはその夢のことを夫に話しました。
「それはおまえが、日ごろから死んだ子供のことばかり考えているから、そんな夢を見たんだよ。そんなことが本当にあるわけないさ」
と、夫は言いました。
しかし、お母さんは、どうしても昨日見た夢を忘れられませんでした。
「きっと神さまが私の願いをかなえてくださったんだわ。どうしても、夜になったら野原に行ってみなくちゃいけない!」と、彼女は強く心に決めました。
少し前に降った雪は、まだ町の中にも消えずにあちこちに残っていました。
彼女は夜になるのをじっと待ちました。
その夜は、いつになく空がどこまでも清らかに晴れ渡り、青く澄み切った空いばらに、まるで星の花のように美しく星たちがちりばめられていました。
星たちはそれぞれに違う色の光を放って、きらきらと輝いていたのです。
彼女は冷たい風が吹き抜ける中を歩いて、町の西のはずれにたどり着きました。
そこには、大きな河がゴうゴうと音を立てて流れていました。
あたりは一面、煙るような青白い月の光に照らし出されています。
この河のふちは、ずっと貧しい人たちの家が密集していて、いろんな工場が建っていました。
どの工場の窓も赤々と光り、その中からは機械の音が休むことなく聞こえてきます。
そして建物のてっぺんにそびえ立つ煙突からは、夜の青い空に向かって、どくどくしい濁った煙が吐き出されていたのです。
彼女は、ある工場の前を通ったとき、多くの女性の工員たちがここで働いているのだと思いました。
また、ドンドンと鉄ハンマーが響いてくる工場を見ては、多くの男の労働者たちが働いているのだと思いました。
その人たちはみんな、このあたりのみすぼらしい家に住んでいるんだと思ったとき、彼女は、「どうして私たちはこんなところに生まれずにお金持ちの家に生まれたのだろう? 幸せといえばそうなんだけれど、なんだかとても不思議だな」と感じたのでした。
ここを離れて、だんだんと人気のない寂しい野原に差しかかると、雪がぐっと深くなりました。
手足は寒さで凍え、特に地面を踏みしめる足の指先は、ちぎれ落ちてしまいそうなほどの痛さを感じました。
どこを見渡しても、あたりは冷たい灰色の雪におおわれていました。
そして、あの天国で聞こえるような素晴らしい音楽も、きらめく明るい光も、そこにはまったくありませんでした。
それでも彼女は、やっと我が子に会えるんだという一心で、その激しい痛みをこらえて歩き続けたのです。
彼女は、葉っぱのすっかり落ちた林の中へと入っていきました。
そこにも、明るいくらいに星の光が差し込んでいました。
「いったいどこに、私のかわいい子がいるんだろう……」
彼女はそう思いながら、灰色の世界を探し歩きました。
するとこの時、少し離れた場所に、まるで誰かが来るのを待っているかのように、黒い人影がぽつんと立っていました。
彼女はその人影に向かって歩いて行きました。
近づいてみると、髪の毛をボサボサに乱したやせた女性が、小さな赤ん坊を抱いて立っていました。
その女の人は泣いていました。
彼女がさらに近づくと、みすぼらしい格好をしたその女の人は、
「どうか、助けてください……」
と言いました。
彼女がもっと近づいて、よく様子をみてみると、この工場街に住んでいる貧しい若いお母さんだったのでした。
「おまえさんは、こんなところに立って、いったい何をしているのですか?」
彼女はやさしく尋ねました。すると、やせた貧しげな若い女は、
「私たちは、この子供を育てていくことができません。
それに、だれも引き取ってくれませんから、かわいそうですが、ここへ捨てにやってきたのです。
けれど、やっぱり捨てることができなくて、もらってくださる人が来るのを待っていました」
といいました。
彼女は、これを聞いてびっくりしました。
「まあ、こんな雪の上へ、子供を捨てるつもりなんですか!」
といって、やせた女をじっと見つめました。
やせた女は泣きながら、
「奥さま、私たちは、この子供がいるばかりに身動きが取れなくなって、どんなに困っていることか。どうかお慈悲と思って、この子供を育ててくださいませんか」
と頼みました。
お金持ちの妻は、世の中には不思議なこともあるものだと思いました。
「まあ、どんな子供ですか。私に見せてください」
といいました。
そして、星の光に照らされて、やせた女に抱かれている子供の顔をのぞき込みました。
星の光は、地上をおおう雪の面に反射して、子供の顔がかすかにわかりました。
けれど、その子供は、彼女が探している自分の死んだ子供ではありませんでした。
「この子供は、私の死んだ子供じゃないわ」
と、彼女はいいました。
やせた女は、しくしくと泣いていました。
その様子は、本当にかわいそうに見えました。
「奥さま、どうかこの子供を育ててくださいませんか。
そうしていただけたら、私たちはどんなに助かることか……」
といいました。
お金持ちの妻は思いました――私がこれほどまでに切ない思いをして、神さまにお願いしているのも、みんな死んだ自分の子供が愛おしいからこそだ。
自分の死んだ子供が二度と帰ってこないものなら、どうして見ず知らずの人の子供を苦労して育てる必要があるだろうか? 私はあくまで、自分の死んだ子供を神さまから返してもらわなければならない。
「私はいま、自分の子供を探しているのです。
それが見つかるまでは、知らない人の子供をもらうわけにはいきません」
と、彼女はきっぱりと断りました。
やせた女は絶望して、ため息をつきました。
「奥さま、子供はみんなかわいいものです。
しかたがありません。
私はまたこれから、この子供を育ててくださる人を探さなければなりません……」
といって、やせた女はしおしおと彼女の前を離れ、雪の上をあちらへ歩いていきました。
彼女は、このとき、女のいったことをよく考え直してみました。
そして、だんだん遠ざかっていく哀れな女の姿を見送りながら、もう一度あの子供の顔をよく見て、もしどこか死んだ自分の子供の顔つきに似ているところがあったなら、もらって育てたらよかったのだろうかと思いました。
しかし、そう思ったときには、もう遅かったのです。
もはやどこを探しても、やせた女の姿は見えませんでした。
雪の上を、空の星の光が、寒そうにかすかに照らしているだけでした。
彼女は、身にしみる寒い風にさらされながらも、なおも死んでしまった子供を探して歩き続けました。
その夜、遅くなってから、彼女は疲れ果て、何も得られないままむなしく町のほうへと帰っていったのです。
この夫婦は、それから後、長い間子供に恵まれず、さびしい生涯を送ることになったのでありました。
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