そこはひとりがやっと通れるほどの狭いコンクリートの階段になっていて、それを六段ほどおりると、金庫の前に出ました。
上下四方とも厚いコンクリートでかこまれた、四畳じきほどの地下室です。
もちろん、そこの天井にも電灯がついています。
「さあ、ここです。
黒川さん、これほど用心しても、あいつはわれわれといっしょに入ってきたと思いますか?」
島田さんが金庫の鍵をポケットから取り出しながら言いました。
「いや、これなら大丈夫。
透明怪人だって体はあるのですから、とても入れっこありません。
もう安心ですよ」
黒川記者もやっと笑い顔になって答えました。
島田さんは金庫のダイヤルを何度も回して暗号文字をあわせてから、鍵でその扉を開けました。
「アッ、あった!
別状ありません。
これが真珠塔です」
島田さんの顔に晴れやかな笑いが浮かびました。
見ると金庫のまんなかに細長いガラス箱が立っていて、その中に美しい真珠のつぶでできた、かわいらしい五重の塔が輝いていました。
「ふーん、これはすばらしい。
ぼくはこんな美しいものを見たのははじめてですよ」
黒川記者は思わずため息をついて言うのでした。
「これではあいつが狙うのも無理はありませんね。
しかし、もう大丈夫です」「これからすぐに警察にもとどけ、できるだけのことをして、この宝物をまもりましょう。」
「そうです。警察に知らせなければなりません……。わたしもこれで安心しましたよ。」
島田さんは、そこで金庫のふたをしめ、かぎをかけて、ダイヤルをグルグルとまわしました。
それから三人は、もとの書斎にもどったのですが、地下室から出るときも、さっきと同じ用心ぶかさで、れいの鉄の戸に、げんじゅうにかぎをかけたことは、言うまでもありません。
午後九時
それから、つぎの日の午後九時、あの怪人が約束した午後九時までには、いろいろのことがあったのですが、それをくわしく書いていてはたいくつですから、ごくあらましだけをしるしておきます。
警察に知らせますと、その夜から島田君のうちのまわりに警官の見はりがつき、つぎの日には、警視庁捜査課の係長、中村警部が島田家を訪問して、おとうさんと話をして帰りましたが、日がくれるころには、中村係長は三人の刑事をつれてのりこみ、ひとりの刑事には書斎のかくし戸のところに番をさせ、あとのふたりには家のそとの見まわりをつづけさせ、係長は地下室の金庫の前にがんばることになりました。
そのうえに、いよいよ、少年探偵団が活動をはじめることになったのです。
透明怪人が島田君のうちをねらっているということは、島田君の学校の友だちに知れわたっていたのですが、すると、同じ学校に少年探偵団員がいて、これを小林団長に知らせました。
小林団長というのは、名探偵・明智小五郎の、有名な少年助手なのです。
この小林少年を団長とする少年探偵団のことは、『少年探偵団』や『妖怪博士』の本をお読みになった読者諸君は、よくごぞんじのはずです。
小林団長はそれを聞くと、島田君や木下君にあってうちあわせたうえ、島田君のおうちの近くに住んでいる団員五人をえらび、小林少年がその五人をひきつれて、透明怪人の見はり役をつとめることにしました。
見はりといっても、あいては目に見えない怪物ですから、ただ見ていただけではなんにもなりません。
そこで、小林団長はひとつの妙案をかんがえつきました。
それは、自分も五人の団員も、てんでに懐中電灯を持ち、日がくれたらふたりずつ三組にわかれて、島田君のおうちのまわりや庭の中を、懐中電灯で照らしながらあるきまわるということでした。
なぜそんなことをするのでしょう。
透明怪人は目には見えないけれど、影はあるからです。
懐中電灯をあちこちとふり照らしているうちに、その光の中にみょうな影があらわれたら、そこに怪人がいるしょうこです。
その影でけんとうをつけておいて、いきなり飛びかかっていこうというわけです。
小林君がこのことを中村係長に話しますと、係長も感心して、自分の部下の刑事たちにも同じやりかたをすすめたほどでした。
そこで、島田邸のまわりは夜にはいると懐中電灯の光があちこちにチラチラして、まるでほたるが飛びちがうような、美しくもぶきみな光景となりました。
さて、こちらは地下室です。
時間は九時十分まえ、金庫のまわりに四つのイスがならび、もう一時間もまえから、島田少年、島田君のおとうさん、黒川記者、中村捜査係長の四人が、わき目もふらず金庫のとびらを見つめているのでした。
四人がここへはいるときには、まえの晩と同じように注意に注意をして、どうしても怪人のはいりこむすきのないようにしました。
ですから、この地下室には怪人はぜったいにいないはずです。
また、入り口の二重の戸には中からかぎがかけてあるので、怪人はあとからはいってくることもできないのです。
「わたしはあいつにいちどもおめにかかっていないせいか、みなさんがそんなにこわがっておられるのが、ちょっとふにおちないほどですよ。
これほど用心をすればもうだいじょうぶでしょう。
九時にやってくるなんて人さわがせなおどしもんくにすぎませんよ。」
背広すがたの中村係長が、たばこの箱をポケットからとりだしながら言いました。
すると、黒川記者が、
「いや、あいつは魔物みたいなやつです。
けっしてゆだんはできません。
いまにわれわれの見ている前で金庫の戸がひとりでにスーッとひらくようなことがおこらないともかぎりません。」
「ハハハ……、それはだいじょうぶですよ。
小林君がうまいことをかんがえた。
あいつには影がある。
影さえ気をつけていればいいのです。
この地下室には電灯がついている。
もしあいつがはいってくればどこかに影がうつるはずですからね。」
「ところが、係長さん、あいつには影のないときもあるのですよ。」いつか、あいつが靴みがきの少年を助けたときには、ぼくはその場にいて見たのですが、不良青年と取っ組み合っているあいつの影は、少しも映らなかったのです。
地面には不良青年がひとりでもがいている影が、映っていたばかりですよ。
あいつは、だれかを怖がらせたいときだけ、影を映すという魔法を心得ているのじゃないでしょうか。
」
「ハハハ……、黒川君は、どうもあいつを尊敬しているような、あんばいだね。
」
中村係長はそう言って笑いましたが、その笑い声がまだ消えないうちに、どこかでコトンと、妙な音がしました。
四人はハッとなって、顔を見合わせました。
そして、室内はしばらくシーンと静まりかえっていましたが、そのとき、島田少年がおとうさんの腕時計をのぞきこんで、思わず口をひらくのでした。
「おとうさん、あと一分で九時ですよ。
」
係長も記者も、それぞれ自分の時計を見ました。
たしかに九時一分前です。
三人とも、前もってラジオに時計を合わせておいたのです。
だれも口をききません。
係長も、今は真剣な顔つきです。
三つの時計の秒を刻む音が、ハッキリ聞こえるほどの静けさでした。
十秒、二十秒、またたくまに時がたってゆきます。
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