初級翻訳・猫の事務所 第3話

宮沢 賢治

「パン、ポラリス、南極探険の帰途、ヤップ島沖にて死亡。遺骸は水葬せらる」
一番書記の白猫が、かま猫の原簿を勝手に読んで答えていました。かま猫は、もう悲しくて悲しくて、ほっぺたのあたりがすっぱくなって、頭の奥がキーンと鳴るのをじっとこらえながら、うつむいていました。
事務所の中は、だんだん忙しくなって、まるで沸騰したお湯みたいに仕事がどんどん進んでいきます。
みんな、ほんの時々ちらっとこちらを見るだけで、ただの一言も声をかけてくれません。
そうして、お昼になりました。
かま猫は、持ってきたお弁当も食べずに、じっと膝の上に手を置いてうつむいていました。
ついに午後の一時から、かま猫はしくしくと泣きはじめました。
それから夕方まで、三時間ほど、泣いたりやめたり、また泣き出したりを繰り返したのです。
それでもみんなは、そんなことまるで知らないという顔で、楽しそうに仕事をしていました。
その時でした。
猫たちは気づきませんでしたが、事務長のうしろにある窓の向こう側に、いかめしいライオンの黄金色の頭が見えました。
ライオンは不思議そうな顔でしばらく中をのぞいていましたが、いきなり戸口を叩いて入ってきました。
猫たちの驚きようといったらありません。
ただ、うろうろとそこら中を歩き回るばかりです。
かま猫だけが泣くのをやめて、まっすぐに立ちました。
ライオンが、大きなしっかりした声で言いました。
「おまえたちは一体、何をしているんだ。
そんなことでは、地理も歴史も役に立たない。
やめてしまえ。
えい。
解散を命ずる」
こうして、事務所はなくなりました。
ぼくは半分、ライオンに同感です。

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