永日小品

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夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第1話

元日 お雑煮を食べて、書斎でのんびりしていると、しばらくして三、四人のお客さんがやってきた。 みんな若い男たちだ。そのうちの一人は、なんとフロックコートを着ている。慣れない服のせいか、立派な服に対してなんだか気後れしているようだ。ほかの連中...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第2話

森の上には、黒い雲が杉の梢に引き寄せられて、奥深く重なり合っている。それが自然の重みで、だらりと上の方から垂れ下がってくる。雲の足は、今まさに杉の頭に絡みついた。もう少しすると、森の中へ落ちてきそうだ。ふと足元を見ると、渦は絶え間なく上流か...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第3話

私はまた布団に入って寝ました。翌日はこの騒動のせいで、いつもより少し遅く起きました。顔を洗って朝ごはんを食べていると、台所で下女が「泥棒の足跡を見つけた」とか、「いや、見つけていない」とか騒いでいます。面倒なので、書斎へ引きこもりました。引...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第4話

裏は、お母さんやお祖母さんが布を張って干す場所であり、女中の「よし」が洗濯をする場所です。年の瀬になると、鉢巻きをした男の人が臼を担いできて餅を搗(つ)く場所でもあります。それから、漬け菜に塩を振って樽に詰め込む場所でもありました。喜いちゃ...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第5話

風もない濁った空の途中から、静かに、急ぐこともなく、冷たく冷徹に、雪が落ちてきます。「おい、去年、子供が病気でストーブを焚いたとき、炭代はいくらかかったかな」「あのときは月末に二十八円払いました」僕は妻の答えを聞いて、部屋にストーブを置くこ...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第6話

その上、娘に対する口の利き方が、まったく優しさを欠いています。歯が悪いのか、もごもごと言いながらも、どこか荒っぽい調子が感じられます。娘も父親に対しては、ただでさえ険しい顔が、いっそう険しくなるように見えます。どう考えても、普通の親子ではあ...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第7話

僕が下宿を出るとき、年配の女性は「思いとどまってほしい」と切に頼みました。下宿代を負けるとか、K君のいない間はあの部屋を使っても構わないとまで言ってくれましたが、僕はとうとう南の方へ引っ越してしまいました。同時にK君も遠くへ行ってしまいまし...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第8話

でも、夜になると猫のことは、僕も妻もすっかり忘れてしまいました。その猫が死んだのは、まさにその夜のことでした。翌朝、お手伝いさんが裏の物置へ薪を取りに行ったときには、猫はもう体も硬くなって、古い竈(かまど)の上に倒れていました。妻はわざわざ...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第9話

柔らかな光に照らされているのだと分かると、霧のような光の向こう側に、はっきりとした色が見えてきました。それは黄色と紫と藍色でした。やがて、その中の黄色と紫が動き出しました。私は目が疲れるのも忘れて、瞬きもせずにその動くものをじっと見つめまし...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第10話

「じゃあ、ちょっと待ってくださいな」と、御作さんはまた奥へ駆け込みました。その間に旦那は楊枝を使い始めていました。御作さんは用箪笥(ようだんす)の引き出しから小さな熨斗袋(のしぶくろ)を出し、中に銀貨を入れて持って出てきました。旦那は口が使...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第11話

「精進料理の畳鰯(たたみいわし)ですよ」と言って、居合わせた甲子(こうし)がさっそくお湯で戻して、お浸しにしてお酒を飲んでいました。それから、鈴蘭(すずらん)の造花を一枝持ってきてくれたこともあります。「妹が作ったんです」と言って、指の股で...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第12話

ただ、その色合いだけは、現代という時代を飛び越えて、ずっと昔の空気の中に黒々と埋もれているような、そんな古道具屋にぴったりな渋い調子でした。井深は、これはきっと安いに違いないと見抜きました。店主に値段を聞くと「一円だ」と言うので少し迷いまし...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第13話

路地を出るやいなや、さっき地面を蹴って駆け上がっていった蒸気ポンプ車が、目の前でじっと止まっていました。ポンプ車はなんとかここまで馬を進めましたが、二、三メートル先の曲がり角に行く手を阻まれ、どうすることもできずに炎を見つめています。炎は鼻...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第14話

大刀老人は、とうとう先祖代々伝わる大切な掛け軸を売り払って、お金を工面しようと決めました。息子に「どうだろうか」と相談すると、息子は恨めしいほどあっさりと「それがいいでしょう」と賛成してくれました。息子は内務省の社寺局で働いていて、月給は四...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第15話

すると、中国人が出てきて『よし』と言うので、もう取引は完了かと思いきや、蔵の前へ高さ一間(約1.8メートル)もあるような大きな樽を持ち出して、そこに水をどんどん汲み込ませるんです。――いや、何のためだか私にはさっぱり分かりませんでした。なに...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第16話

開けっ放しになった戸が、空っぽの日差しを書斎の入り口に送り込み、縁側に幅四尺(約1.2メートル)の寂しさを感じた時、向こうの隅で急にヴァイオリンを擦る音がした。続いて、小さな喉が寄り合って、ドッと笑う声がした。うちの子供たちは毎日、母さんの...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第17話

その声はとても遠くから響いてくるのに、不思議とすぐそばで聞こえるようにハッキリとしています。――お母さんは、五年前にもう亡くなっています。豊三郎はハッとして、視線を動かしました。すると、さっきまで見ていたキリの木の先が、また目に入ってきまし...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第18話

心二階の手すりに、お風呂上がりの手ぬぐいをかけて、日差しがいっぱいの春の町を見下ろしていると、頭巾をかぶって、白いひげをまばらに生やした「歯入れ屋」のおじいさんが、垣根の外を通っていきます。古い鼓を天秤棒にくくりつけて、竹のヘラで「カンカン...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第19話

二人とも月給を五円ずつもらって、日に二時間ほど教えていました。僕は英語で地理や幾何学を教えていました。幾何学の説明をする時、どうしても重なるはずの線が重ならなくて困ったことがありました。ところが、複雑な図を太い線で書いているうちに、その線が...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第20話

いつかベーカー街で先生に出会った時には、鞭を忘れた御者(馬車の運転手)かと思ったほどです。先生が白いシャツや白い襟を着けているのは、一度も見たことがありません。いつも縞模様のフランネルの服を着て、モコモコしたスリッパを履き、その足を暖炉の中...
夏目 漱石

初級翻訳・永日小品 第21話

たまに、驚いたお婆さんが代筆をしてくれることがあります。その時は、とてもよく分かります。先生は便利な書記を抱えているものです。先生は「自分は字が下手で困る」とため息をついていました。そうして私に対して「君の方がよほど上手だ」と言ってくるので...
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